平成のファッションと流行を振り返る(後編)

2019年4月1日、日本の桜が美しい季節に新元号”令和”が発表されました。

約30年続いた平成は終わり、5月1日から新しい時代の幕が開けます。

それに伴い、平成元年から平成10年(1989年~1998年)のファッションや流行、経済を振り返ってみました。

 

※平成のファッションと流行を振り返る(前編)

 

平成の幕開けはバブルで好景気に始まりますが、翌年には崩壊。

右肩上がりの経済で成功で得た、日本の組織社会の価値観は、根強いものでもありました。

時代の状況を冷静に判断し、改革できなかった企業はその後、買収を余儀なくされたり経営破綻の道を辿ることになります。

また、阪神淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件なども起こり、日本は経済のみならず気持ちも一気に冷え込んでいきます。

今回の後編(1999年~2019年)では、デフレ経済でさらに消費が落ち込む中、日本を代表するファッションブランドが急成長します。

 

 

デフレ経済に突入!頭角を現し始めたファッションブランドとは?

日本のファッションブランド”ユニクロ”

平成11年(1999年)は消費税の引き上げや大手金融機関の破綻が相次ぎました。

バブル崩壊から約10年、なんとか持ちこたえていた企業も、合併や破綻の道に追い込まれます。

その煽りはこれから社会へ旅立つ、学生達にも影響を及ぼします。

バブルの頃は、一時約1.45倍にも跳ね上がっていた有効求人倍率。

しかしこの年から翌年は、過去最低の0.99%にまで落ち込みます。

就活で就職浪人も増え始めるなど、学生達は未来への大きな不安を抱いていました。

”超氷河期”という造語が、この年は流行語になるほど就職難の時代になっていたのです。

 

そんな時、唯一元気に流行をけん引したのが、ヤマンバと呼ばれた女子高生でした。

色黒に派手なメイクやファッションは、コギャルの進化系で注目されます。

彼女達から人気に火がついた、プリクラ(プリント倶楽部)がこの年の大ブームとなりました。

 

平成12年(2000年)は携帯電話の加入者が急激に増加し、iモードが大流行となります。

ファッションではユニクロ(UNIQLO)の1900円のフリースが、2600万枚の驚異的セールスを樹立します。

当時は”価格破壊”の異名で、マスコミにも注目され、大ききな社会現象になりました。

翌年の平成13年(2001年)には、イギリスのロンドンに海外一号店を出店。

同じく低価格路線の、ファッションセンターしまむらや、靴のヒラキも好調でした。

この頃、資金力とブランド力のある海外のラグジュアリーブランドも、日本の一等地である銀座や青山に、続々と直営店を出店し始めます。

その陰では価格と品質で、消費者のニーズを捉えられなかった、日本の中堅アパレルメーカーは、次々に倒産へと追い込まれていきました。

 

平成14年(2002年)日本の失業率も0.55%と最悪水準に達します。

百貨店の売上高と衣料品売上高も、6年連続で前年割れとなりました。

そのころユニクロは、中国の上海を始め、海外でのシェアを伸ばして行きます。

PCとスマホの普及で成長するECサイト

平成15年(2003年)東京六本木に、六本木ヒルズがオープンします。

ヒルズの高級マンションの住人や、オフィスを構えるITベンチャーの起業家、投資家などの言動にマスコミの注目は集まり、のちにヒルズ族と呼ばれます。

同時期に、アメリカのロサンゼルス在住の華やかなセレブ(セレブリティ)ファッションが、ブームになります。

その影響で日本でも、高級ダメージジーンズがたくさん売れました。

LAセレブのリッチなライフスタイルとヒルズ族が重なり、日本でもセレブという言葉が、良く使われるようになります。

このように、低価格商品が売れる一方で、高価格のラグジュアリーブランドも売れていました。

 

※ラグジュアリーブランドに関しましては

ラグジュアリーブランド企業の世界

をご覧ください

 

この年の4月、日経平均は底打ちして上昇、景気回復の兆しが見え始めます。

株価回復の要因の1つに、マネックス証券や楽天証券などの、ネット証券が普及した事があげられます。

ネットでの株取引は、従来に比べ売買手数料も安く、今まで株式投資に興味のなかった人達も、気軽に始められるようになりました。

 

平成16年(2004年)は

ミクシー(mixi)やアメブロ(ameblo)などのSNS(Social Networking Service)がスタート。

SNSは、多くの人と情報を共有し繋がる、現代の大切なコミュニケーションツールとなっていきます。

また、現在人気フアッション通販サイトのZOZOTOWNもこの年に開設。

阪神淡路大震災から約10年、この年は新潟で中越地震が発生しました。

 

平成17年(2005年)はユニクロが昨年のアメリカ進出に続き、東京銀座の中央通りに、売り場面積1500坪の、大型店をオープンさせます。

老舗の高級店舗が並ぶ銀座への出店は、新たな客層を取り込む事にも成功。

この年は、初めて東京ガールズコレクション(TGC)も開催されました。

~日本のリアルクローズを世界へ~

をテーマに10代~20代の女性対象としたファッションショーです。

翌年の平成18年(2006年)には、パリで開かれたジャパン・エキスポでも開催。

日本の”KAWAII”ファッションは現地でも話題となります。

また、股上が浅く細みのスキニージーンズが大流行。

 

平成19年(2007年)「ZOZOTOWN」が、東証マザーズに上場。

アメリカのアップル社の創業者であり、元CEOのスティーブン・ポール・ジョブズ氏が、iPhoneを発表したのもこの年です。

翌年には日本でも発売され、斬新で画期的な機能は、瞬く間に世界中の人を虜する、大ヒット商品となりました。

世界大不況!ブームになったファストファッションとは?

日本が順調に景気回復へ向かっていた時でした。

平成20年(2008年)アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻がきっかけで、世界同時不況になります。

その中で、不況時代の成長産業と呼ばれる海外のファストファッションが、世界中に店舗を拡大させていきます。

 

平成21年(2009年)スウェーデンの”H&M”が銀座に、アメリカのFOREVER21が原宿に初出店。

日本にも、ファストファッションの黒船が襲来します。

ファストファッションとは、大量生産する事で低価格に抑え、流行のデザインを、短いサイクルで販売する業態。

デフレ時代の消費者のニーズを捉え、世界的ブームとなります。

当時、海外のファストファッションが、ユニクロにとって、大打撃になると誰もが予想していました。

しかし、国内最大手の合成繊維会社”東レ”と共同開発したヒートテックが、世界売上5000万枚を突破します。

定番商品の品質や、機能性などの改良を地道に重ねていたユニクロ。

他のファストファッションとは違う、独自路線が逆に功を奏しました。

 

また、美容雑誌といえば20代~30代が対象年齢だった出版業界。

しかしこの年、40代女性の美容を中心としたライフスタイル雑誌「美STORY」現在名「美ST」が創刊されます。

ファッションより、美容にお金をかける世代に着目した、雑誌は大ヒット。

出版業界で、驚異の発行部数を記録します。

現在使われている”美魔女”という言葉は、この雑誌から誕生した造語です。

平成22年(2010年)は、スマートフォンやipadの普及がさらに加速。

SNS元年とも呼ばれました。

ファッションでは、大正時代から昭和初期に流行した、リボンの着いたカンカン帽が再流行。

また、マキシワンピースやクロップドパンツも流行しました。

日本は震災不況から復興へ

平成23年(2011年)3月11日。

日本人にとって一生忘れる事の出来ない、東日本大震災が発生します。

地震と津波の影響で、2万2千人以上の犠牲者を出しました。

震災直後は、原発事故の影響で数々のイベントが縮小。

メイドインジャパンの製品や、食品に対する風評被害が世界中に広がり、日本は震災不況に陥ります。

現在、約8年の歳月が流れましたが、復興活動は続いています。

避難所生活を強いられ、不自由な生活を送られている方々がいるのも、現状です。

震災はとても悲しい出来事でしたが、世界各国からの温かい言葉や支援があり、人々との繋がりの大切さを実感しました。

また、毎日を平穏に暮らせる幸せや、価値観を見直す機会にもなりました。

 

平成24年(2012年)、ソーシャルショッピングサイトBAIMA(バイマ)を運営するエニグモが、東証マザーズに上場。

会員数が100万人を突破します。

BAIMAは日本に居ながら、海外在住のバイヤーから、直接ブランド製品を購入できるサイト。

日本未入荷の商品なども、日本よりほぼ安く購入できる為、会員数を伸ばします。

また、3分でネットショップを無料開業できる、インスタントECサービスのBASE(ベイス)が設立されます。

新しいCtoC(個人間取引)のサイトも多様化していきます。

2007年に東証マザーズに上場した、ZOZOTOWNも好調で東証一部に変更。

この年のファッションアイテムでは、若者を中心に、黒の伊達メガネが流行します。

 

 

平成25年(2013年)日本におけるインターネットの普及率が82.8%になります。

ECサイトやフリーマーケットアプリなどのサービスには、追い風となって行きます。

 

※フリーマーケットアプリに関しましては

フリマアプリと 循環型社会の関係とは?

をご覧下さい

ファッションでは、パンツの足首を見せて履きこなす、ロールアップが流行。

また、バブル時代に流行したカーディガンを背中に羽織る、プロデューサー巻が若者を中心に再流行しました。

 

平成26年(2014年)は、昼の長寿番組『笑っていいとも!』の放送がこの年終了。

喪失感を感から”いいともロス”という言葉も誕生しました。

またこの年、消費税が5%から8%に増税されます。

 

平成27年(2015年)、日経平均が、15年ぶりに一時2万円台を回復。

ユニクロを運営するファーストリテイリングの株価は、7月に上場来高値の61970円を付けます。

2011年の12月からみると約3倍の株価です。

海外店舗の拡大と完全子会社化したジーユー(GU)が、株主の期待感となり株価を上昇させました。

 

またこの年から、来日する中国人観光客が増加。

高級ブランド品や、家電製品などを買い込む中国人の姿が、大きく報道されました。

「爆買い」と呼ばれ、流行語にもなりました。

 

平成28年(2016年)4月14日に、今度は九州地方の熊本県で、気象震度階級で最も大きい、震度7を観測する地震が発生。

 

平成29年(2017年)ZOZOTOWNが「ファッション革命」と言われるオリジナルスーツを発表します。

人の身体を正確に自動測定。

その人にピッタリあった、着心地の服のフルオーダーシステムが、話題となります。

 

平成30年(2018年)この年の8月の連結決算で、ファーストリテイリングは、売上高に相当する売上収益が、初めて2兆円を突破します。

過去最高を更新したのは、海外での1241店舗を構えるユニクロ事業が、大幅に増収増益になったからです。

そして通期で初めて、国内事業827店舗の売り上げ高を、上回りました。

ユニクロは、2020年に売上高を3兆800億円にする目標を掲げています。

世界売上No.1のスペインのZARA(ザラ)

2位のH&Mを急追し続けています。

 

平成31年(2019年)5月1日より令和元年。

現場作業服や関連商品の販売最大手ワークマンが、2018年からスタートした新業態店のアウトドアファッション”ワークマンプラス”(WORKMAN Plus)

ワークマンプラスは、機能性・デザイン性を兼ね備え、若年層や女性客の間でこの年大人気に。

2019年のヒット商品ベスト30にも選ばれました。

 

※ワークマンに関しましては

2019年のファッションニュースランキング

をご覧ください

今回は、平成の後半のファッションと流行につて振り返ってみました。

皆さんの、記憶に残っているファッションはありましたか?

 

まとめ

平成は戦争のない平和な時代ではありましたが、度重なる経済不況や、自然災害などが起こりました。

好景気には、DCブランドに続き渋カジブームに。

景気後退と共に、低価格路線のファストファッションがブームになります。

また、インターネットの普及により、ショッピングは店舗とネットの二極化に。

社会情勢や環境と共に、人々の価値観や消費行動にも、大きな変化がありました。

 

時代と共にファッションは、トレンドや個性を楽しむもよりも、価格や機能性を重視した、日常着になってきています。

一方でSNSやYou tube普及により、自身の魅力を発信する、セルフプロデュースの時代です。

セルフイメージを作るファッションが、重要視される場面は増えてくるでしょう。

令和時代にはどんな流行が生まれ、ファッションも変化していくのか?

これからも、着目していきたいと思います。

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